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2014年01月10日

【「おたく」の終焉】第2回:おたくの市民権の獲得~おたくの拡大と多様化~

1990年代前半ごろまで「おたく」は、独自の世界の中で、他人には言えないようなものに対して耽溺をするような閉鎖的な人間類型に対してその言葉が使われていたことは前回の記事で書いた。その頃の「おたく」とは社会のメインストリームから蔑視されるような存在あり、完全にメインストリームから外れた存在であった。

しかしながら、1990年代後半以後、「おたく」は変化を見せる。まずはその背景を、アニメを中心にまとめる。

【1990年代後半】

1995年から1996年にかけて放送された『エヴァンゲリオン』は爆発的な人気となった。それまでのアニメにはなかった斬新な構成や作画、視聴者に対する哲学的とも言える問いかけは、青少年層に大きな影響を与えた。また、その人気・話題性からマスコミに取り上げられ、多くの賞賛と批判がなされるまでになり、社会現象にまでなった。いわゆる「おたく」がハマる1つの「アニメ」が一般の人にも広く認知されたのである。そうして、『エヴァンゲリオン』はそれまでアニメとは関係のなかった人も取り込み、一大ムーブメントを起こした。

そして、『エヴァンゲリオン』はまさに「おたく」的なアニメであったといえ、「おたく」的な楽しみ方を広めたものだったことも注目したい。随所にちりばめられた伏線、多用された生物学・心理学・宗教関係の専門用語、架空の未来都市でロボットに乗って戦う少年、完結しない物語。「おたく」的な楽しみ方がしやすい、「おたく」的なハマり方をしやすいアニメであり、それによっていわゆる「おたく」的な楽しみ方を広く普及したものと考えられる。

【2000年代】

『エヴァンゲリオン』のヒットでアニメブームが起こり、アニメの年間作品数は2000年代に増え続けた。(2007年には年間約250本で最高本数)この頃から深夜の時間枠でのアニメの本数も増加し、より青年層の取り込みが加速した。アニメ作品数とその嗜好者の増加とともにジャンルも多様化し、「おたく」のジャンルやそのレベルも多様化・拡散化が進んだのがこの時期である。エヴァ以来の「セカイ系」や「萌え系」、新しく出てきた「日常系」や「ギャグ系」のほか、土曜の夕方の枠で若い女性をつかんだ『ガンダムSEED』や『鋼の錬金術師』、深夜枠の勃興(フジテレビのノイタミナ等)、まさにアニメが乱立した。

そしてまた、作品数の増加によりメディアミックス(漫画やライトノベル・ゲームが原作のアニメ、アニメのゲーム化、映画化、スピンオフCD等々)が盛んに行われるようになり、アニメ・おたく市場は急速に拡大していった。その拡大した市場の典型的な例が秋葉原であるとも言える。秋葉原風景

1990年代からおたくの間で使われていた「萌え」(当初は主にアニメ等の美少女キャラクターに対しての狭くて深い感情、いわゆるコアな「ツボ」を刺激される、という意味で使用されていた言葉)が広く使われるようになったのも2000年以降である。2000年以降、おたく用語としてメディアで取り上げられるようになり、次第に一般にも使われるようになった。おたく文化が広く一般に普及し始めたことが伺われる。

本屋2000年以降、DVDプレイヤーの普及に伴って安価なDVDソフトが販売されるようになった。それまでの1本が8千円~1万円したビデオに比べ、DVD1本が3~5千円で販売されるようになり、DVDを買って楽しむということがより手軽になった。なおかつ、DVDはその容量の大きさから特典等をつけやすく、そのような特典・おまけが「おたく」の収集欲を刺激しアニメDVD市場が伸張したと言える。

そして、インターネットの普及が「おたく」文化の拡散・多様化に大きく寄与した要因である。かつて、閉鎖的で「おたく」以外は触れられなかったコミュニティーや情報へも、ネットによって「おたく」的なものや文化に興味のある誰もが気軽にディープな情報にまで触れることができるようになったと言える。

こうして、1990年後半から「おたく」は一般に急速に普及・拡大し、元来の「おたく」が指し示していた意味が薄れるのと引き換えに、1つの大きな市場を形成するに至り、市民権を得ていった。数ある趣味のひとつとしてアニメやゲーム、ひいてはコスプレまで認知されるようになった。

この様な「おたく」の拡大の基層とは何だったのだろうか。それは若者の抱える社会への閉塞感、リアルへの幻滅だったと考えられないだろうか。経済の低迷、就職難や社会での競争の激化など、満たされないリアルへの反動としてバーチャルを求めたのではないだろうか。

それはあたかも、鎌倉時代、末法の世で人々がこぞって大乗仏教に傾倒していったことと似ている。どちらも厭世的な気分に端を発し、バーチャル(アニメ・極楽浄土)に傾倒して行くのである。

また、上記のような「リアルへの幻滅」を背景にメディアが便乗して「おたく」の拡大を後押しした。

1.「おたく」の旺盛な消費意欲イベント告知

元来、「おたく」は興味の対象・おたくの対象に対して惜しみなく時間とお金を使う傾向にあり、潜在的に市場拡大の可能性を秘めていたといえる。そこに『エヴァンゲリオン』等の一大ブームが起こり、コアな層に加えて新たな層(非おたく層)も取り込み、市場の拡大よって「おたく」の裾野を広げて行った。

2.ネットによる「おたく」の可視化

それまで「おたく」の世界は閉鎖的で「おたく」以外の人間には容易に知ることのできない世界だった。しかし、「おたく」がネットでのコミュニティーの形成することにより、それは可視化され、誰でもがリーチし得る情報になったと言える。

3.メジャー化

また、可視化された「おたく」の世界をマスメディアが取り上げることによって「おたく」はメジャー化した。そのよい例が『電車男』のブームである。

以上のような点から「おたく」の拡大と多様化が促されたのではないかと考える。そして、2000年代以降の「おたく」はかつての「おたく」ではなく、「オタク」となり市民権を獲得したと言える。

この様に拡大・多様化した「オタク」はこの先どのような発展を遂げるのであろうか。次回は「おたくの終焉」と題してその今後について考えてみたいと思う。

 

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