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2015年05月27日

【年代別分析】 年表編 年代:シニア女性(56~65歳)

年代分析、第6回目となる今回の投稿では、1950年から1959年の間に生まれた女性に焦点を当て、この世代の女性たちが過ごしてきた時代背景を時系列で追いながら、どのような価値観を蓄え、今に至るのかを年表形式で考察する。

 

戦後のベビーブーム(1947年~1949年)が少し落ち着いた頃に、彼女たちは誕生した。

モーレツに働いたこれまでの世代と違い、一歩引いた白けた目で物を見るしらけ世代と呼ばれた世代ではあるが、女性の社会進出という点においては、彼女たちは先駆者である。この世代の女性たちは、結婚や仕事に対しても様々な価値観を持っており、もはや子供をもつことだけが選択とされず、自分らしい生き方を模索しつつ、常にワンランク上の生活を目指すことが彼女たちのテーマでもあった。

1.誕生~幼少期(1955年)高度経済成長期の始まり

戦後インフレを抑えるために強行されたデフレ政策により、多くの失業者や企業倒産を生み出したが、日本は1950年に勃発した朝鮮戦争を契機に蘇った。特需景気と呼ばれる物資の大量需要が、企業経営を急速に立ち直らせ、新しい技術が海外から導入され、経済成長の前提条件が整った状況の中、彼女たちは誕生した。また、国民所得が戦前の水準を上回り、「三種の神器」を代表する消費革命の幕開けとなった。

影響:三種の神器が普及することで、家事労働の低減化による女性の社会進出を可能とさせた。この頃に誕生した彼女たちにとっては、社会進出への大きな可能性が秘められていたのである。

 

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2.10代半ば-青春の高校時代(1964年)東京オリンピックで金メダルを獲得した女子バレーチーム『東洋の魔女の活躍』

日本におけるバレーボールは、工場の生産性向上のために始まった。集団就職で都会に上京した女子たちの高い離職率が問題視されていた。その問題の解決策として、気軽で楽しく仲間意識が高まる健康的な余暇としてバレーが奨励された。

東洋の魔女たちは、1962年の世界選手権で宿敵ソ連を破って優勝した後、女子バレーボールが正式種目として決定した東京五輪で、金メダルを獲得すると世界的なヒロインとして注目を浴びた。それまで、著名人・有名スポーツ選手として挙げられるのは男性ばかりであったが、オリンピックでの金メダル獲得は、日本人の女性が、世界で通用することを証明した空前の出来事だった。

影響:東洋の魔女の存在が、アタックナンバーワンなど、いわゆるスポ根と呼ばれるアニメの一大ブームを巻き起こし、「苦しくても悲しくても」困難にも負けずに成長していく姿は、まだまだ女性の社会進出が厳しい時代の中で、女性でも努力によってはサクセスストーリーを描くことができるという夢を与えた。

 

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3.20代前半-OL時代(1970年代~80年)ファッションや旅を楽しむ『アンノン族』の誕生

1970年に『an・an(アンアン)』と、1971年に『non-no』(ノンノ)が若い女性向きのファッション雑誌が創刊され、彼女たちに大きな影響を与えた。

それまでのファッション雑誌は、洋服を「作る」ことに主眼が行われていたが、an・anは、洋服を作ることではなく、コーディネートを提案する雑誌として人気を呼んだ。

その翌年には、non-noが創刊され、よりポピュラーなファッションを扱い、洋服のブランド名や特徴、価格などを掲載し、コーディネートを楽しむという新しいスタイルを覚えた。

こうしてそれぞれの雑誌が多くの読者によって支持される中で誕生したのが「アン・ノン族」である。国鉄(JR)が行った旅キャンペーンによって、雑誌には旅行に関する特集が多く組まれた。その特集に感化された女性がこぞって国内旅行をするようになった。

このアン・ノン族は女性の行動範囲を広げる大きな社会現象となり、女性に対して「ライフスタイル」という概念を認識させるキッカケとなった。

影響:1960年代までは、女性が一人で旅にでるという自由はなかったが、山口百恵の「いい日旅立ち」のような女性の一人旅が流行した。

また、彼女たちは、雑誌文化の中で育った初の世代でもあり、ファッションやおしゃれに対する関心も高く、情報感度も磨かれた。結果、20代後半以降、退職してもしなくても、彼女たちが消費行動において、自分の好きなモノ・コトと共に自由に生きるという新しいライフスタイルを生んだのである。

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4.20代後半~30代前半(1980年代前半)-バブル経済と男女雇用機会均等法-とらばーゆする女性

1980年代は、1981年の女性差別撤廃条約の署名や1986年の男女雇用機会均等法の施行など、女性の社会進出の本格的な幕開けともいえる時代だった。

バブル景気も手伝い、働く女性は時代の主役になった。「丸の内で働き銀座で遊ぶOL」を狙った商業ビル「マリオン」が有楽町に開業したり、ブランドものを購入したり、女性たちの欲望をさらに掻き立てた。

1980年代前半に創刊された『とらばーゆ』は、「とらばる=女性の転職」を意味する代名詞ともなり「とらばーゆする」という流行語にもなった。その頃から、「仕事に対するやりがい」という高度経済成長期に男性達が追い求めた思いが、女性たちにも浸透し始め、自分に適した仕事をしたいと希望する女性が増えていた。

影響: 女性が働くことに対する否定的な考え方や、「寿退社が当たり前」、「仕事はお茶汲みだけ」といった、女性の活躍の場が限定的だった時代に新しい風をおこすことになり、女性に対しても様々な可能性を与えた。

 

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5.40代(1990年代)-バブルが崩壊した暗い世の中でも、女性たちの活躍は止まらない-

1990年代といえば、バブル経済崩壊による景気低迷、阪神大震災、オウム真理教の地下鉄サリン事件など、暗いニュースばかりが続いた世の中だったが、彼女たちと同世代である向井千秋さんが日本人初の宇宙飛行士として宇宙に飛び立つなど、日本を元気づけるニュースも見られた。また、彼女たちよりは先輩だが、日本における女性初の衆議院議員・政党党首である土井孝子さんなど、女性の活躍が見られた時代でもある。

影響:「充実した仕事」「かわいい子供」「幸せな家庭」だけでは満足せず、「自分らしく生きたい」と自分の気持ちや欲求を優先し、好奇心旺盛っぷりを発揮したのである。

男女雇用機会均等法の影響でキャリア志向が強い女性が増える中、共働き世帯数が専業主婦世帯数を超え、これまで専業主婦だった人たちもパートタイムとして働くなど、主婦も社会進出へのチャンスが与えられた。共働きの女性にとっては、仕事と育児の両立が難しいなど社会に対する不満は多かったが、おかげで家事や育児に協力的な夫も多く見られた。

 

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6.50代(2000年代)定年間際でも人生これから!~ヨン様追いかけ韓国まで~

1990年代後半から2000年代前半までの失われた10年に続いて、サブプライムローン問題やリーマンショックは世界的な大不況を引き起こし失業者が増え、世の中に明るい兆しがなかなか戻らない。

一方で、女性の間では、2004年に韓国ドラマ『冬のソナタ』やウォン安をきっかけに、ハンリュウが流行する。50代の彼女たちは、ようやく仕事も子育ても落ち着き、最も自由な時間が持てる時代に差し掛かる。

影響:女性が定年退職を迎える初の世代だった彼女たちは、定年を意識しながらも人生まだまだこれからと前向きな姿勢を見せ、定年後の趣味や旅行を心待ちにし、残りの仕事人生・子育てをそこそこ頑張りながらも、余暇に時間を費やす。

 

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7.60代前半(2010年代)2011年3月11日東北大震災-今できることは今やる-意欲的な還暦アンノンギャル

東北大震災など、世の中には不条理なことが多すぎると世間に対して後ろ向きになっている若者に比べ、シニア世代の女性たちにとってこのような出来事をむしろ原動力にしている。東北大震災のような災害はいつ起こるかわからない。また、残された時間が段々少なくなっていることを実感し始めていることなどから、やりたいことは「今のうちに」という意識が高くなった。

影響:かつてはアンノン族であった彼女たちは、年を重ねても自分らしく自由に生きるという意識は変わらない。子育てを終え、退職をきっかけに、時間的に余裕ができた中、シニア向けをターゲットとする旅行商品なども増え、女性同士でぷらっと国内・海外旅行に出かけるなど、悠々自適に暮らしているのである。

 

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