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2013年10月18日

7年ごとに見られる若者の変化した姿 (3回完結)~第1回:ガングロこそが、肉食系女子や実力主義社会を作り上げた強者である。~

これまで、数々の記事を1回完結型で書かせて頂いておりましたが、今回より、各担当者が、3回に渡って連載記事を投稿させて頂きます。

7年後の2020年の東京オリンピック開催が決定し、7年という数字を意識している人々は多いかと思う。7年先の将来のことに希望や不安を抱くと同時に、7年前はあんなことこんなことしていたなと思い出にふけることも多いだろう。私も、7年前の出来事を思い出したり、7年後自分は何をしているのかと考えたりすることがある。そこで、今回の連載記事のテーマとして「7年」という数字を絡ませ、現在から遡って、14年前の1999年、7年前の2006年、そして現在の2013年と3つの時代に分け、私自身が成長していく中で、その時代ごとに注目された・流行となった『若者』について着目したい。

時代ごとに着目する『若者』として、以下の人々たちをピックアップしたい。

・14年前の1999年:奇妙なヘアスタイルと肌の色で注目を浴びた『ガングロ』(当時、私はガングロと同世代の女子高生だった。アムラーの厚底ブーツやルーズソックスに始まりガングロが登場したことを覚えている。)

・7年前の2006年:今ではすっかり根付いてしまった『草食系男子』(1年の留学を経て、浦島太郎状態となって帰国した私は、スキニ―ジーンズを履いている日本男子を見て衝撃を受けた。)

・現在の2013年:草食系男子の対義語として生まれた『肉食系女子』(私と同性代の友人たちは社会人10年目に突入。周りの女性を見渡しても、仕事に趣味に恋愛に全てを120%楽しんでいる女性が多く、かつて想像していた女性は結婚して家庭に入るという姿とは程遠い生活を送っており、女性の強さをますます感じる。)

第1回目の今回は、20世紀最後の年1999年、当時私が高校3年生だった年に登場した『ガングロ』たちについて、なぜこのような集団が登場したのか、彼女らの主張は何だったのか、当時高校生だった私の意見も交えて分析したい。

写真 まず、ガングロの定義だが、以下のように定義されている。

【1998年、突如、渋谷に登場し、様々なメディアで取り上げられたガングロ。ボリュームゾーンは東京、千葉、埼玉、神奈川などに住む15歳から18歳までの女子高生とされた。髪は茶髪あるいは白髪で、顔面は真っ黒。原色の衣服にミニスカートをはき、厚底ブーツもしくはサンダルを履き、集団行動を基本とする。日焼けサロンで焼き上げた顔の黒さが異様に目立つことから、顔黒(ガングロ)と命名。「肌をガンガンに黒く焼く」ことから「ガングロ」と呼ばれるようになったという説もある。目と口のまわりを白く隈取りしたような特殊なメイクは黒と白のコントラストを放ち、“パンダメイク”とも称され、特異性を見せつけた。特筆すべき点は、見る者、特に男性に明らかに違和感や嫌悪感を与えるメイクであったこと、日本のメイク史には前例のないメイクが脈絡なく登場したこと、集団性が顕著であったことなどである。】

このように、ガングロは、15歳~18歳の女子高校生を中心としており、集団で行動することが前提である。また、肌を必要以上に黒くして、存在感をアピールしようとしていることが覗える。なぜ、このガングロ集団は、個人行動ではなくグループ行動を好み、肌を黒くし奇抜なメイクで目立とうとしたのだろうか。

彼女たちを初めてテレビで見た時に、なんという化け物なのかと多くの日本人は思っただろうし、日本には変わった格好をする若者がいるものだと奇妙な目で見ていた外国人もいた。

江戸時代のかぶき者現代の歌舞伎役者 彼女らを別の言葉で表現をすると、「かぶき者」という言葉が当てはまる気がする。

かぶき者とは、戦国時代から江戸時代にかけて、江戸や京都の都市部を中心で流行し、異風を好み、派手な身なりをして、常識を逸脱した行動に走る者たちのことを指す。当時の男性の衣服は、紺などの地味な色合いが普通だったが、このかぶき者たちは、色鮮やかな女物の着物をマントのように羽織ったり、袴に動物のような皮をつぎはうなど、常識を無視して非常に派手な服装を好んだ。多くは徒党を組んで行動し、飲食代を踏み倒したり因縁をふっかけて金品を奪ったり、家屋の障子を割り金品を強奪するなどの乱暴・狼藉をしばしば働いた。自分の武勇を公言することも多く、それが元でケンカや刃傷沙汰になることもあった。無法・逸脱行為も好んで行い、風俗とも密接に関わっていた。こうした身なりや行動は、世間の常識や権力・秩序への反発・反骨の表現としての意味合いがあったとされている。

【江戸時代のかぶき者】       【現代の歌舞伎役者】

「かぶき者」を知るにつれて、「ガングロ」の身なり・行動・主張はまるで江戸時代のかぶき者と同じような印象を持った。

まず、「ガングロ」のスタイルだが、ガングロが登場する数年前から、ギャル、アムラー、厚底ブーツ、ルーズソックスといったファッションがガングロを徐々に形成し、極めつけに、白髪やら黒肌、どぎついメイクでガングロファッションが完成した。

黒肌やドギツイメイクについてだが、かつて日本人女性は、肌は白いほうが美徳であるとされてきた。また、メイクもナチュラルメイクが好まれてきたのである。それにもかかわらず、大人や異性に好かれないメイクを施し、全身を黒く焼いた姿は、本来女性は優しくて、美白であるべきという女性観に対する反発と、その価値観を崩そうとしているように思える。

それは、かぶき者が求めていた共同体の掟や「しがらみ」に縛られない自由・開放感や、定着に憧れながらも組織に受け入れられない哀しみ・疎外感からくる世の中に対する反発に近い感覚である。高校生の彼女らには、自由を手に入れ、自分らしく生きたいという思いがあったのだろう。従来の女性観の殻を破り、女性だって強くたっていい、もっと目立って個性を発揮しようという考えの始まり。この時代には「肉食系女子」という言葉は存在しなかったが、肉食系女子の発端は、もしかしたら「ガングロ」なのではなかろうか。

また、ガングロが憧れた存在は、芸能人などマスメディアで認められた人ではなく、渋谷109のカリス店員など街場の「カリスマ○○」と呼ばれた人たちであった。ちょうどこの頃から、青山・表参道のカリスマ美容師や、歌舞伎町のカリスマホストなど、より身近な人物がフォーカスされるようになったのである。このように、マスの特定人物ではなく、街中での実力者が注目を浴びるようになってきたのはこの頃からである。

当時の時代背景として、バブルが崩壊して以来景気が低迷し続け、これまでの終身雇用や年功序列の日本的な雇用体制が見直されるようになった時代である。大手証券会社山一證券が倒産したのは、この時期であり、その頃までは、いわゆる権力や名誉を持った人たちが世の中を支配していたが、そんなものでは通用しない実力主義という時代が始まったのである。これまで、ホストなど風俗業絡みの仕事をしている人は世間から認められず冷ややかな目で見られていたが、そんな人たちでも「カリスマ」とつくことで人気者になれるように、実力が重視される時代が始まったのである。人々はもはやメディアというマスからの仕掛けを信じるより、ストリートファッションなど、個性が重要視されるストリート主導型の発信を取り入れ始めるのである。身近な人を目標に置くということは、自分も頑張れば有名になれるという実力主義社会の象徴ではなかろうか。

従来の価値観を大切にする人や権力あるものだけが認められる世の中に対して反発心を抱いていたガングロたちは、このような世の中の到来を察して、彼女らなりにファッションを工夫したり、ギャル雑誌「egg」を参考にしてカリスマガングロを目指そうとしたのであろう。このように、彼女たちは個性を主張することで、実力主義社会の始まりを感じ始めて先手を打っていたのかもしれない。

新しい時代を迎えるにあたって、ガングロこそが、肉食系女子や実力主義社会といったここ最近の世の中を築き上げた始まりだったのかもしれない。

 

 

 

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