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2013年11月08日

【「おたく」の終焉】第1回:おたくの発生~そもそもの「おたく」とは?~

 

2012年、電通が15~39歳の男女1万人を対象に行った調査によると、10代の約半数が「自分はおたくだと思う」と回答しているという。また、年々来場者数が増え、毎回テレビニュースにも登場するようになった「コミックマート(通称 コミケ)」。近年ではこのコミケに積極的に企業が参加し、おたく的な要素を取り入れたマーケティング活動が盛んに行われている。(9月4日 日経流通新聞)また、クール・ジャパン戦略の中でも日本のアニメ・漫画・ゲームなどが項目として取り上げられ、日本の誇るべき文化として海外に打ち出していこうという形である。

このような「おたく」のメインストリーム化はいつから始まったのであろうか?元来、おたくとはサブカルチャーであり、根底には韜晦(とうかい)の意識やそれによる独自のコミュニティーの形成、他人からは理解されない趣味、隠れて楽しむという意識があったのではなかろうか。このような疑問から、「おたく」についてその変遷を考察してみようと思う。具体的には、「おたくの発生」「おたくの市民権の獲得」「おたくのメジャー化」という3つに区切って考える。

【おたくの発生】

まず、そもそも、「おたく」という言葉はいつから使われるようになったのだろうか。調べてみると、諸説あるようだが、1983年にコラムニスト中森明夫が『漫画ブリッコ」で連載した『「おたく」の研究』の中で使われたのが最初であるようである。

この中で中森は、アニメや漫画、鉄道、アイドルなどに熱中し、元来、マニアや熱狂的ファン、ネクラ族などと呼ばれていた人々を、彼らがお互いに話しかける際に相手のことを「おたくはさぁ」などと呼んでいるということから、「おたく」と名付けた。Source :漫画ブリッコの世界

このエッセイを読むとよく分かるのだが、「おたく」という言葉はほぼ否定的な意味で使われている。単なるマニアや愛好家ではなく、アニメや漫画などに熱中し、コミュニケーション能力や適応力がない少年少女が「おたく」と呼ばれているのである。

「おたく」という言葉が使われる以前から、アニメマニアや熱狂的アニメファンなどはいた。しかし、なぜそのような人々が「おたく」と呼ばれるようになり、その言葉が定着したのだろうか。時代を追って考えてみる。

【1960年代~1970年代前半】

基本的にアニメ・漫画は子供が見るものという考え方が一般的であり、アニメ自体も12歳以下を対象にしたものがほとんどであった。また、この頃はアニメという呼び方ではなく、テレビ漫画というような呼び方がされていた。1963年『鉄腕アトム』が初めて週1回30分の番組というスタイルで放送を始め、人気を博す。まだまだアニメ自体の本数が少なく、テレビ漫画などと呼ばれていた頃である。

この頃から子供向けに作られたキャラクターグッツやおもちゃを収集する大人もいたが、コレクターや収集家といった見方をされており、趣味の一環ととらえられていた。

【1970年代後半~1980年代半ば】コミケ

この頃になると、児童向けのものにまじって、中高生でも楽しめる比較的物語性やドラマ性が高いアニメが登場し出し、アニメブームが起こる。この頃に放送が開始されたアニメとしては『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』『ルパン三世』『機動戦士ガンダム』などであり、特に、1977年に劇場用に完全新作された『さらば宇宙戦艦ヤマト』が公開されるとこれが空前のヒットとなり、多くの若者が劇場につめかけた。

この頃出始めたアニメの特徴として、それまでになかった性的な表現がアニメでも扱われるようになったということが挙げられる。『銀河鉄道999』のメーテルや『ルパン三世』の峰不二子、『うる星やつら』のラムちゃんなどに中高生の男子のみならず20代男性も夢中になった。

また、これら女性キャラを使った二次創作も一部の「マニア」や「ファン」の間で多く作られるようになり、コミックマーケットなどで販売されるようになった。そういったものの中には過度に性的なものやアブノーマルなものも含まれており、のちの「萌え」の萌芽も見られる。

こういったアニメのキャラクターに対して現実よりも現実味を感じ、没頭しているような人たちもおり、中森明夫は『「おたく」の研究』の中で「ミンキーモモとかナナコとかアニメキャラの切り抜きなんか定期入れに入れてニタニタしてるんだけど、まぁ二次元コンプレックスといおうか、実物の女とは話しも出来ないわけ」と述べている。

彼らが互いのことを「おたくはなにファン?」などと相手のことを「おたく」と呼んだりするなど独特の言葉遣いがされており、そうした様子から中森氏は彼らのことを侮蔑的に「おたく」と名付け、彼ら自身も自嘲的な意味で「おたく」という言葉をだんだんと使うようになっていった。

おたくの部屋2おたくの部屋【1980年代後半~1990年代前半】

バブルの影響でアニメ業界も潤沢な資金力・労働力を持つようになり、格段に表現力が高度化し、よりアニメに没頭したり、尋常ならざる興味を抱く人が増加していく。また、テレビやビデオデッキ・高価なオーディオなどを個人で購入するケースが増え、余暇時間の増大なども相まってそれらに極度に熱中し、ビデオを収集したりする人が現れた。

ビデオは人類史上初めて個人に動画の所有を可能にしたメディアであり、その圧倒的な情報量は既存のメディアからは到底得られないリアリティーを与えた。ビデオデッキの普及率は1987年には50%を超え、このようなビデオの普及は、よりバーチャルな世界への没入を促し、アニメを繰り返し見て耽溺する、アニメの世界(バーチャル)に対してよりリアリティーを感じて現実から乖離するなどの現象を加速させた。

そうして、身なりなどは気にしない、ビデオなどを収集して家に閉じこもってずっと見ている、故に社交性がない、などの特徴と共に「おたく」という言葉も徐々に認識されるようになっていった。

1980年代半ばから「おたく」という言葉が登場し、ある種の人間類型を呼びあらわす言葉として使われるようになっていった訳であるが、「マニア」と「おたく」の違いは、以下の3点にあるように思える。

1. 性的な視点

2. リアルよりバーチャルに対してリアルを感じる

3. その人の一部ではなく、全体となっている

1. 性的な視点

鉄道マニアや切手マニアには性的な要素はないが、「おたく」はその対象に対して性的な視点を持って接する。現実の女性に対しては興味を持てないが、漫画やアニメの女性や少女に対して欲情し、現実では実現できない欲求(例えばロリコンなど)をそれによって満たす。

2. リアルよりバーチャルに対してリアルを感じる

現実よりも2次元に対してリアルを感じ、現実で満たせない欲求をその虚構の中で満たす。また、虚構や妄想を膨らませることによって独自の世界を作り上げ、その中に閉じこもることによって現実を遠ざけ、バーチャルな世界に没入していく。また、それを強く後押ししたのはビデオの普及であった。

おたくの服装3. その人の一部ではなく、全体となっている

「マニア」や「コレクター」はあくまでも趣味の一環であり、「マニア」であることや「コレクター」であることはその人を構成する一部であるので総合すると普通の枠からは外れない。

しかしながら「おたく」はすべてが「おたく」であり、見た目から口調などすべてを「おたく」の特徴として捉えることができる。岡田斗司夫はおたくとマニアの違いをそれが民族といえるかどうか(=独自文化をつくりあげるかどうか)であり、「おたくっぽい服や口調」のようにおたくは独自の文化を作り上げることができる、としている。

以上のような特徴から、「おたく」は社会のメインストリームからは蔑視されるような存在であり、その興味の対象は他人には言いづらいものであったり、決して社会的にはプラスに働かないものであった。そして、「おたく」は自分たち独自の文化を作り上げることによって、「おたく」以外の人々を排除し、自分の世界を構築してその中で耽溺する、というような、現実逃避をしているような人たちであったと言える。

次回は、このようなメインストリームからは蔑視された「おたく」がどのように市民権を獲得していったのか考え、そのなかで「おたく」の変化について考察する。

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